念佛宗から、博打貧欲の駄目さを学んだ

100円が36万円になったぞ。その時、私の脳は焼かれてしまった。それからと言うものの、仕事をしていても競馬のことばかり。家に帰っても競馬新聞とにらめっこ。仲間と遊んでいても、競馬の話を出す始末。正に博打貧欲状態。念佛宗で勤めている友人から言われた「欲求に振り回されているな。特に博打貧欲は、苦しみ、悩み、あやまちにとらわれることになるぞ。気をつけた方が良いよ」私を心配してくれて言ってくれたのは、ありがたかったが、言葉は右から左へ、、。金銭感覚もおかしくなり、勝ったお金も競馬へ逆戻り。使った分を取り返したい気持ちばかりになった。「大丈夫。100円が36万円になったこともあるんだ。1万円でどれか当たれば、3000万だって戻ってくる可能性も十分にあるんだ。」完全に頭が狂っていたんだろう。借金をしてまで競馬に通ったが、万馬券が出ることは無かった。念佛宗の友人の言葉が、頭に出てくる。現実になったな。博打に限らず、どんなことに対しても、貧欲は苦しみ、悩み、あやまちを引き起こす可能性が高い。特に博打貧欲は駄目。所詮は娯楽と割り切ることのできない人は、絶対におすすめしない。

念佛宗は言う、当たり前を喜びに

タイトルの通りですが、本当に人は独りでは生きていけないのに「当たり前に文句をたれながら生きています」生きていること、生活ができていることだけでも、感謝しなくてはいけないのだと、念佛宗は教えてくれてます。働く会社が無ければ、お金は入ってこない。お金があっても食材が無ければ、食べることもできない。食材を育てる、採ってくれる人がいなければ、買い物すらできない。例をあげればきりが無いですが、我々は周りで起こっている出来事に対して、当たり前になり過ぎているため、喜びが感じられなくなっているのだと、念佛宗は気付かせてくれようとしてます。このことに気付くことができるだけで、人生は喜びに満ち溢れたものになるし、愚痴や不満も、自然に無くなっていきます。要するに、その考え方では勿体無いと、念佛宗は教えてくれてます。今まで感じることの無かった様な、充実感、幸福感を手に入れたい人は、多いはずです。方法はいたって簡単。当たり前を喜びに変えるだけです!